花は紅

生きづらさを抱える人間が森田療法を実践するブログ

自分を曲げて我慢すること

最近、たかのてるこさんという方の本にハマっております。
たかのさんは世界中を旅して、旅についてのエッセイ本を書いていらっしゃるエッセイストです。

私は森田療法のカウンセリングに通っているのですが、その先生がブログでたかのさんの本を紹介しており、「普段は全然読まない系統の本だけど、先生が紹介しているのなら読んでみるか」と、軽~い気持ちで図書館で借りてみたのです。
私が読んだのは、「ガンジス河でバタフライ」と「ダライ・ラマに恋して」という2冊。
いかにも明るい感じのエッセイという感じで、私は旅行にもそんなに興味がないし、つまらなかったら途中で読むのをやめればいいや~という超期待度の低い状態で読み始めたのですが……気づけば夢中でページを捲っている自分がいました。

ただの明るい紀行本かと思いきや、自分を見つめ、人生を見つめ、宗教にも触れている。
本を読む前は、「自分とは正反対の、明るくてコミュ力の高そうな著者だなぁ。価値観違いすぎて読んでも楽しめなそう…」という先入観を抱いていましたが、実際に読んでみると、たかのさんの考え方に共感できる部分がものすごく多い。
そして、読み終わったらもうすっかり「絶対!海外旅行に行く!!」という気分になっていたのでした。

さて、タイトルの「自分を曲げて我慢すること」ですが、「ダライ・ラマに恋して」に出てきた言葉です。
たかのさんが過去の失恋を思い返す場面で、「自分を曲げてガマンしたところで結局ストレスをためるだけで、私のためにも相手のためにもなっていなかった」という一文があります。
私はこの部分を10回くらい読み返しました。
なぜなら、同じようなことをカウンセリングの先生からも、最近悩み相談に乗ってくださった方からもアドバイスされたからです。

私は中学生の頃から、「異性に好かれると途端に相手が嫌いになる」という現象に悩まされています。
そのため、異性とまともに付き合ったことが一度もありません。
デート1~2回が我慢の限界です。
ネットで検索すると、この現象に悩んでいる方(特に女性)はかなり多いようです。
(こう書くと私が異性にモテるように見えるかもしれませんが、実際はモテません。こちらから好きになった人には悉くフラれ続けています)

もうすぐ30歳になるというのにさすがにマズイぞと、去年から森田療法のカウンセリングを受けることにしたわけです。
先月のカウンセリングで私は、「異性から連絡がくるだけでも嫌。本当にイライラします」と先生に話しました。
「なぜイライラするんですか?」と先生から聞かれた私は、イライラの原因を少し考えてから、「大抵、興味がない場所に誘われるから。無理して行くのが苦痛です」と返しました。

「行きたくないのなら行かなければいいんじゃないでしょうか」と先生。

「でも、私が行きたい場所には着いてきてもらうんだから、ワガママは言えない。我慢しないと」
「行きたくないときに『行きたくない』と正直に伝えるのはワガママなんですか?」
「ワガママだと思います」
「ふむ。別にワガママは悪いことではないと思いますが…。では、なぜワガママを言ってはいけないんですか?」
「ワガママだと相手から嫌われます」
「相手のことが嫌いなのに、嫌われるのはイヤなんですか」
「……そうです」
「つまりあなたは、いつも我慢して行きたくない場所に行って、自分の本当の気持ちは抑えているんですね」
「はい」
「だからあなたは、『異性と付き合う=我慢すること、自由がなくなること』だと思ってる。それが異性へのイライラや嫌悪感に繋がっているのではないですか」

ああ~~、そうかも。そうかもしれない。いや、絶対そうだ……。
私は昔から「誘われた場所に行かないのはワガママだ」と本気で信じていて、どんなに行きたくない場所でも、さも行きたいような素振りで出かけていました。
当然、出かけたあとはどっと疲れます。
「こいつのせいで楽しい休日がつぶれた」と、何とも理不尽な怒り・恨みを相手に抱いたりもしました…。

要するに、「ワガママを言ってはいけない」という「かくあるべし」にとらわれていたわけです。
人から良く思われたい、好かれたいという欲望が強すぎることが原因だろうと思います。
もちろん、こんなことをしても自分が疲れるだけだし、相手にも「この子はこういう場所に行くのが楽しいんだ!」と誤解させてしまったことでしょう。
そのうえ、私に理不尽な怒りや恨みまで抱かれ、相手からしてみればたまったもんじゃありません(-_-;)

自分を曲げてガマンしたところで、結局ストレスをためるだけ。
自分のためにも相手のためにもならない。
当たり前すぎるくらい当たり前のことかもしれませんが、私はこの当たり前のことに30年近く気づいていなかったのでした。
むしろこれとは真逆に、「自分の我慢が足りないから、いつも異性と付き合えないのだ。嫌だと思っても逃げずに、もっと我慢しなくては……」と本気で考えていました。
もう、「異性と付き合う=修行!苦行なんだ!!」という気持ち。

ダライ・ラマに恋して」のラストで、たかのさんとダライ・ラマが面会する場面があります。
たかのさんがダライ・ラマに、「生きていくうえで、一番つらいことは何だと思いますか?」と質問したところ、ダライ・ラマは「不要な苦しみを作り出すことだ」と答えました。
「病や老いといった苦しみは、避けられません。しかし、私たちは自分でわざわざ、不要な苦しみを作り出すことがあります」
自分を曲げて行きたくない場所に行くこと、会いたくない人に会うことは、いくらでも避けられる不要な苦しみでした……。

異性との関わり方以外にも、自分で自分を苦しめていることは、きっと山のようにあります。
生まれ持った性格を変えることは難しいですが、この「不要な苦しみ」は少しずつ捨てていけるはず。
悩んだりもがいたり迷ったりしながら、私は私なりの幸せや生きやすさを追求していけたらいいなぁ……。